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このページでは、皆様からの質問などに答えて、カウンセリングをわかってもらおうと思いました。どうぞ、ご質問やご感想などをお寄せください。何を書いたらいいか、どんなふうに書いたらいいのか、みなさんどうぞ教えてくださいね。
●Q1.カウンセリングってどんなことするんですか? ●Q2.カウンセリングの時間に、利用者は何をすればいいんですか? ●Q3.何をしてもらえるんでしょうか? ●Q4.話を聞くだけなんですか? ●Q5.話をして何か変るんですか? ●Q6.どうして「悩みは成長のチャンス」なんですか?(01/5/3) ●Q7.どうしてアドバイスをしないのですか?(01/05/28) ●Q8.どのくらいの時間がかかるのですか?(01/06/24) ●Q9. 知らなかった自分が現れて怖い思いをすることはないですか?(03/03/29) ●Q10.自己啓発に利用することもあるのですか?(04/01/12) ●Q11.どういう使い方をして、どうなるのですか?(04/05/25) ●Q.13.自分で答えを見つけるとは、どういうことですか?(12/3/14) 本当に治るんですか?(未完) カウンセリングは、特定の宗教と関係があるのですか?(未完) カウンセラーの実力は、確かですか?(未完) どんな人が利用するんですか?(未完) 催眠療法をしてもらえますか?(未完) 精神分析ですか?(未完) カウンセラー本人は、人間関係の達人なんですか?(未完) テレビの人生相談と違うのですか?アドバイスをもらえるんですか?(未完) アイアンドアイカウンセリングへ
A. わからなくても、構わないと思います。それでもカウンセリングは利用できるし、かえってその方がスムーズかもしれません。
専門家でさえも、本当に分かっている人は少ないと思いますし、謙虚な専門家は、「わからない」と言っています。カウンセリングを利用するかどうかの判断のためとか、初めて利用するときの不安を解消するためでしょうか、この質問はよくされます。
聞く方が、知りたいのはとてもわかるのです。その気持ちも大切にしていただきたいと思います。ただ、答える私にとって、この質問には、本当に、頭を抱えます。謎かけみたいにして、その一部を明らかにしてみます。
「カウンセリング」とかけて・・
「煙」と解く
その心は・・、
「どちらも刻々と変化して決まった形がありません」
煙っていうのは、実際にあるけれど、形を言えと言われると困ってしまいます。直線かと思えば、楕円だったりして、目の前でどんどん変わっていきます。
心も、刻々と変わっていくので、泣いたと思えば、すぐ笑う・・、非常に複雑にできています。そして、さらに心は、目に見えないから余計に表現できないものなのです。
「カウンセリング」とかけて・・
「旅」と解く。
その心は・・
「どちらも、毎回毎回新しいです。」
旅行は、いろいろな発見や出会いがあって楽しいですね。目的地や交通手段、季節、天気、パートナー、自分の気分など、いろいろな要素で毎回毎回違った経験になりますよね。同じものなんて一つもありません。
カウンセリングも似ています。一人一人顔が違うように、まったく違うカウンセリングが始まります。おなじ人でも、カウンセラーが変われば、まったく違う展開になります。そして、毎回毎回、旅が変わるように、カウンセリングも、毎回毎回、新しいものが生まれるような感じです。そんなダイナミックなものが、カウンセリングそのものの性質だと思います。
そこで、まとめると明確に言えることは、
- 完全に言葉で表現できない。
- 非常に個性的で、毎回ダイナミックに変わるクリエイティブな時間。
ということで、「これといって決まっていない」、「決めてしまうと、カウンセリングでなくなる」というのが精一杯の表現です。でも、これじゃあ、なかなか、納得してもらえないでしょうねえ。自分の無力さが恨めしくなってきます。
でも、できるだけ、丁寧に説明しようと思います。とにかく、カウンセリングと一言でいっても、私と他のカウンセラーでは、根底から違うことはたくさんあります。だから、これから先のことは、カウンセリング一般でなく、私がする、または、しようと努めるカウンセリングについて書いていきます。
どうか、よろしくお付合いください。わからないことがあれば、ご遠慮なくおっしゃってください。
A. 何もしないでください。あなたが、しなければならないと思っていることは、何もしなくて構いません。
それでも、せずにいられないことがあれば、どうぞたっぷりなさってください。きっと大事なことだと思います。家庭環境の説明やら症状の説明やら、とにかく、何もしなくていいのです。
「カウンセリング」とかけて・・
「睡眠」と解く。
その心は・・
「どちらも、何もしてないのに、大事なことはちゃんとしています。」
眠っている時は、何もするつもりなんてないですよね。でも、呼吸は続いているし、消化活動もしているし、新陳代謝もしています。明日の活動のために、今日の疲れをとって、弱っているところを回復しようとして活発に体内は活動しています。
カウンセリングも似ています。意識的に「これをしよう」というのは、何もしなくても構わないのです。それでも、せずにいられないことは、あなたが今困っていることを片づけることにきっとつながっています。
振り返ると、私たちは、普段、「しなければいけないこと」がたくさんあります。仕事や勉強のほかにも、趣味でも、休みの日でも、「するべきこと」がたくさんあります。お金のため、付き合いのため、なにかの目的のため、などなど、それぞれ大切なことがたくさんあります。
でも、目先の用事をするために、なんとなく後回しになっていることで、大切なものもあるかもしれません。あなたが今困っている問題を解決するために、必要なものかもしれません。それが、出てくるために、「する」ことを止める時間にしてはどうでしょうか?結構、「何もしない」というつもりでも、なにかしてしまうみたいですよ。それが、日ごろは、忘れていたものを思い出すきっかけになるかもしれません。
例えば、
- ボーッとしたり
- ぼんやりしたり
- 「できる人」をやめてみる
- 「やさしい人」をやめてみる
- 「しっかりした人」をやめてみる
- 「強い人」をやめてみる
などなど、なんでもいいのです。
それじゃあ、落ち着かない方は、「片っ端から、浮かんだことをしてみる。」というのはいかがでしょうか?浮かんだけど、自分がやりたいのか、どうか、怪しい、でも、やってみたら、自分がすきなことかどうか、わかるかもしれません。やってみて、自分に合わなかったら、自分は、これをしたくなかったと、わかるかもしれません。
例えば、
- 弱音をだらだら言ってみる
- 怒りをがんがん放出してみる
- ひたすら泣いてみる
- 歌を歌ってみる
- などなど、なんでもいいのです。
まあ、要するに、何をどうやってもいいわけです。そのとき、そのときに、自分がしたいことを、していればいいのです。したくないことを、しなければいいのです。寒いと感じたら、上着を羽織るように、そのときに、感じたことを大切にして、自分の居心地をよくするにしていいのです。いい人だと思われたくて、作り笑いをしたりしなくてもいいのです。
長い人生も、「今」の積み重ねです。今、自分がどうしたら、自分のやりたいことをやっているのかに気づけるようになると、結構、楽しく暮らせるようになるように思います。
「カウンセリングの時間に何をすればいいのでしょうか?」のところで書いたように、そのとき、そのときに、あなたは、ご自分の自由に時間を使うことができます。
カウンセラーは、あなたがやりたいことが、十分にできるように、したくないことをしなくていいように、お手伝いします。
何もしなくていいカウンセリングの時間にしてしまうことがあるなら、それは、あなたが、困っている問題にきっと役に立つからです。
形だけ見ると、話し合いをしているだけ、むしろ、カウンセラーは、話をじっくり聞くだけのように見えますが。。
「友達だって話しは、聞いてくれるんだから、聞くだけなんておかしい」といわれることがよくあります。確かにそうかもしれません。
でも、話したい人が話したいこと、わかって欲しいこと、聞いて欲しいことを、そのまま聞くというのは、やろうと思うと非常に難しいのです。あなたは、友達と話した後、「よく聞いてくれた」と思う時も「わかってもらえなかった」という時もありませんか?友達には友達の考え方があるし、都合もあるので、いろいろな状況があるのは、当然です。
でも、カウンセラーは、1時間の話し合いの中で、常に「よく聞けた」時間になるようにしたいと心がけています。
似たような話としては、「噺家さん」というは、お話をする芸の達人です。ときには友達だって面白い話をすることはありますが、話す芸人の方は、「楽しい話をする」時間を常に提供するプロです。それに対して、カウンセラーは、「聞く芸」をする職人ということができると思います。
「普段は、誰かに話をしても問題は何も変わらない。それで、解決するくらいなら、こんなに困っていない。」
という感じのことをいわれます。確かに、そうです。そして、話をして、どんな感じになるか、というのは、人によってさまざまのようです。
一概に言えませんが、クライエント(利用する方)さんから聞かせていただいている感想の一部は、こんな言葉です。
- 「すっきりした」
- 「わからなくなった」
- 「自分の気づかなかった部分が見えてきた」
- 「こうするしかないなあと思えた」
- 「なんだかわからないけれど、楽になっている」
私の経験している傾向としては、初回やその後の面接(カウンセリング)では、今まで言えなかったことが言える、ということで、「すっきりした」というのが、多いみたいです。
何回かの面接(カウンセリング)をしていくうち、今まで縛られていた価値観が、それほど絶対的ではなかったということに気づき始めると、「わからなくなった」という感じがするのでしょうか。
また、現実に応じた適切な行動ができるようになってくると、「なんだか、うまくいっている」とか、「こうしようと決めた」という感じがしてくるみたいです。
こんなことを書いていると手前味噌みたいに、思われるような気もしてきますし、また、上に書いたように、クライエント(利用する方)が本当に思っているのかどうかは、定かではありません。いろいろ伺っていると、そんな感じに私には、受け取れるということです。本当のところは、クライエントさんの胸のうちにありますし、それを、言いたくなければ、もちろん言わないからです。カウンセリングの時間は、症状や経過を報告する時間ではなく、そのときにたまたましたいことをする時間ですから。
この文は、カウンセリングなんて、海のものとも山のものともつかなくて、わからずに、自分に関係がないのではないか、という方に、今まであったことを、参考までに書いています。だから、「だれでもいつも、こうなるんだ」ということではありません。ここに書いてあるからといって、このとおりにやろうと受け取られると、ちょっと困ってしまいます。
例えば、嫌いな人がいて、その人を好きになろうと思えば、思うほど、不自然になってしまうことはないでしょうか?顔はこわばり、言葉は硬くなり、関係がますますギクシャクして、それでまた落ち込んだりする悪循環になることもないでしょうか?それに対して、好きな人は、「好きになろう」と思わなかったのに、気づいたら好きになっていた、という経験はないでしょうか?
カウンセリングで起こる変化は、好き嫌いに代表される心のことなので、意識とは別のところで動いていくようなのです。ですから、「こうしよう」ということは、ことごとくうまくいかず、「なんだかわからないけど、うまくいった」という話は、とてもよくある話なのです。
だから、これを読んで、「よし私もこういう変化を起こそう」と受け取られると、なんだか、却ってじゃまをしたようで、申し訳ない気持ちになります。「やろう」としたのでなく、「せずにいられないことを、やっているうちに結果として、こうなっていた」という話を書いたつもりです。その辺の意図を汲んでいただけるとありがたいと思います。
ところで、ふと思ったのですが、カウンセリングの場で話をすることと、探し物をするときが少し似ているようです。
いろんな考え方や価値観の中でとっちらかって混乱してどうしていいかわからなくなったときは、ちょうと部屋の中がごった返しになってて、欲しいものがどこにあるかわからなくなったときみたいだと思ったのです。あっちかな、こっちかな、とひっくり返して、出てくるときもあるのですが、ひっくり返すほどに、どんどん散らかってしまうとき、本当にくたびれるばかりでどうしようもなくなることがあります。
そんなときは泣きたくなったりしますが、気を取り直して回り道でも部屋を片付けてみて、いらないものを捨てたり、もとにあるところにしまったりしていくと、部屋がすっきりしていきます。すると、「あ、なんだ、こんなところにあったんだ!」と見つかることがあります。
カウンセリングの場面で話をするというのは、状況をカウンセラーに伝えるためにするのでなく、心にひっかかっていること、気になることを、言葉にしていくうち、「あ、こんなこと、気にしていたのか」とか、「あ、こんなことは、思い過ごしだったな」とか、だんだんと自分にとって必要な考えといらない考えの違いを点検できるみたいです。一人で頭で考えているときよりも、誰かがいるところで、言葉にしてみると、その辺がはっきりすることが多いみたいなのです。
もちろん人によってペースはいろいろ違うのですが、「話したってしょうがない」と決める前に、やってみると、どうもそういう働きがあるみたいなのです。
不思議といえば不思議なのですが、そんなわけでカウンセリングの時間は、ちょっと変わっているのです。
最近の風潮では、悩むなんてかっこ悪い、意味がない、という感じを受けますが、あなたはどう思いますか?人生相談の目的というのは、「悩むことは悪いこと。その原因を早く退治するために、いい方法を教えてもらう」と言われる感じがします。それはそれでひとつの考え方でしょうけれど、私はそんなふうに考えていないのです。
確かに、悩んでいる時間は、苦痛だったり、非生産的だったりして、苛立ったり、すべてが嫌になったりしますけれど、自分自身の知る大事な時間でもあると思います。
「自分自身を知る」ということは、ひらたく言えば、自分が幸せになるために何をすればいいのかがわかるということだと思います。それは、一人一人それぞれに違う意味を持っていると思います。多くの人は、自分にとって何が満足なのか、あまり吟味せずに、なんとなく不満なことが多いみたいです。
それは、顔や身体は、鏡に映すことができますが、心は形として捕らえることができないことと関係があると思います。
自分が本当に望んでいるものやなりたい自分、などは、ただじっと考えてもなかなか自覚できません。どうしたらいいのでしょう。それは、むしろ、現状の中で、「どうもこういうのは嫌だ」「我慢できない」など、なんだかズレているなあ、ということに気づくことから、「自分は、実はこれが欲しかったのだ」とわかるようなのです。
ちょうど、洋服を試着しながら、「これはウエストが小さい」とか、「この色じゃないな」とか、だんだんと自分の欲しいものに到達するような感じに似ています。試着するときに、鏡も見ないで、何が気に入らないかもわからなぬうちに、次々と着ても、なかなか欲しいものは見つかりません。今の服ではどこが気に入らないのか、よく観察して、よりよいものを捜しにいくわけです。
カウンセリングの時間は、そんな風に、今の状態では、どこがどんなふうに嫌で、どうであったらもっと快適なのか、をじっくりと探索していることが多いと思います。「何だ、こうだったんだ」と自分の方向がわかれば、「自分でやってみたいと思います」と実際の場面で確かめたくてしかたなくなるようです。また、同じような問題で繰り返し、困ることも少なくなるようです。
「急がば回れ」ということわざにあるとおり、じっくり悩むと、ぐっと近道になるようなのです。それで「成長するチャンス」という言い方をしたのでした。
アドバイスをしないと決めているわけではないのですが、多くの場合私がカウンセリングの時間にアドバイスをすることはほとんどないようです。
「わからないから相談に来たのに!」と怒られることもあります。
怒っている人の中には、「自分にはできない」と信じている方があります。カウンセリングを利用するまでに、友達と話したり、本を読んだりしながら試行錯誤して、それでもうまくいかない自分を情けないやら悔しいやらと思いながら、こちらにいらっしゃることがよくあります。疲れたり自己嫌悪の気持ちで打ちひしがれて、がっくりしながら重い身体を引きずるような思いでこられる方もいらっしゃいます。それはもう大変な思いなのでしょう。今まで背負ってきたものは本当に大きなものだったと思います。
そんなふうに弱っているときに、その状況から脱出するために「こうしなきゃ」と自分を追い詰めて、それが思い通りにいかないとき、さらに大きな自己嫌悪に悩み、がっくりきて一層弱ってしまう。そして、その状況にうんざりして、自分を駆り立てようとしてまた、「今度こそ」と奮い立たせるけれど、それができるだけの準備がないときに、やろうとしても身体が悲鳴をあげたり、どうにもできなくなってしまい、ますます落ち込んでしまったりします。そこで「自分にはいいやり方がわからないからだ」と思うこともあるでしょう。
そんなときに、さらに「こうするべき」というアドバイスはますます負担を増やすばかりで、私には有害無益のように思えます。今まで「できなかった自分」を責めて、ますます追い詰めることよりも、体力(心の力のことですが)を回復する方が必要だと思います。回復して「できなかった自分」から「できる自分」に変われば、今までよりもずっと楽にやっていくことができるでしょう。
「できなかった自分」が「できる自分」に変わるというのが、どういうことなのか?それは本当にとても難しいのですが、私が経験しているカウンセリングの中でよく起こっていることをもとにして、少し書いてみることにします。
背負ってきた思いがあまりにも多いと現状を続けるということだけでも、相当に負担なのだと思います。けれど、あまりに長い時間我慢してきて、その重さに麻痺してしまっているのかもしれません。そういうときは、あせらずに一つ一つ肩の荷をいったん下ろして、一息ついて、すこし充電することも大事だと思います。カウンセリングの時間に、「こんなことが重荷だったんだなあ」といったん言葉にしておいてみる、そんな作業は、今までとちょっと違った視点で考えるチャンスになるかもしれません。無理してあせってできなかったことも、ちょっと楽な姿勢になれば、「できる自分」になっているかもしれません。
常識的に考えれば、言葉に出したところで、何も変わらないと思われるかもしれません。もちろん日常に帰れば、夢のように状況が一変するなんていう奇跡もないでしょう。だから、無理して言葉にする必要もありません。また一瞬その場に置いたけれど、また背負って帰るかもしれません。だから、問題から逃避するということでもないわけです。
ただ、真剣に耳を傾けようとしているカウンセラーと一緒に、ちょっと心の荷物を置いてみる。思いついたものはとりあえずおいてみる。「なんだ、ずいぶんたくさん背負ってきたんだなあ。ご苦労なことをやっていたなあ」と思うかもしれません。一息ついたとき、何が感じられるのかは、きっとひとりひとり違っていて、何かが起こってくるのだと思います。私は、一人一人の方のその人にしかできない生き方を、そこから一緒に見つけることができるのではないかなあ、と思っています。
誰のものでもないその人だけの生き方は、そうやって創造していくもので、誰かの借り物や模造品は、やろうとしてもできないのではないかもしれませんね。
もちろん、カウンセリングの時間は利用する方の使いたいようにする時間ですので、ここに書いてあることをやるべきだということでは決してありません。今まで、こんなことがありました、ということが何か参考になる方には参考にしていただければと思いました。
「早くよくなりたい」、「今の状況から抜け出したい。」
困難であるほどにそう思うのは当然だと思います。
そのために、
- 自分にとても無理をさせて頑張る。我慢する。追い込む。
- 今の問題をなかったことにする。ごまかす。
- うまくいったふりをする。
- 誰かの成功例を真似して、考えないようにする。
- 原因を見つけて自分以外の何かを責めたり変えたりする。
というようなことならば、比較的すぐに変化することもあるでしょう。それで、何とかできるようならば、それで当面はやっていけばいいと思います。ただ、場合によっては、変化したつもりであって、そういう問題になってしまいがちな自分のパターンについての問題を先延ばしにしたり、深いところに沈めてしまうことによって、問題をもっとわかりにくく複雑にしてしまっていくように私は思います。
「自分がやると失敗するから頼り続けていかなければならない」とどこかで思ってしまっているのでしょう。ひとつのことが解決しても、次々に訪れる問題に、次々に解決策を探し回り、他人を変えようとしたり、環境を変えようとしたり、・・
それはそれで、周囲へ期待したり、働きかけをしたり、思い通りにならないと恨んだり・・と大変なことだと思います。どこかで、この繰り返しを止めたいと思ったならば、自分自身が変わっていけることを信じてみようと思いませんか?
そしてそれは、焦るほどに遠ざかっていくようです。じっくりと取り組むしかないなあと思えるようになったとき、何かが始まるようです。
このごろは、精神的に成長するのにはとても難しい時代だと思います。
1つは、あらゆることが便利になってしまっていること。
例えばエアコンは快適ですが、それによって身体の中の温度調節の機能が非常に弱くなってしまっています。同じように、精神的にも感情をコントロールする機能が弱くなっているように思います。つまり、葛藤や矛盾と付き合いながら自分らしさを感じる機会が少なくなっていると思います。
例えば、一家にテレビが一台しかない時代は、家族の中でどの番組を見るかの対立がありました。「自分は何が見たいのか」、「自分の希望を実現するためにどうするか」、「うまくいかないときにどうするか」という課題に日々直面していました。他人と違う意見の中で、どうやって自分を主張したり、折り合ったりしながら、それでもうまくやっていくか、という基本的なトレーニングが小さい頃からできていたと思います。
今のようにテレビや電話が個人個人で好きに使える時代は便利だけれど、それはそれで感情のトレーニングのチャンスを逃しているなあと私は思っています。
もう1つは、効率を重視する時代だということ。「早いことがいいこと」とされ、他人よりも少しでも早くできることを求められている感じがします。勉強も仕事も、迷ったり、躊躇したり、反省したり、後悔したり・・ということよりも、とりあえず早く結果を出す。それが、どういう影響になるかとか、どういう意味を持つかとか、そんなことよりも、自分の担当するところを、要求されたとおり正確にこなしていく。
一見そんな風にやっていかないと、リストラなどで負け組みになってしまいそうな気になってくるのかもしれません。(本当は、新しいことをやっていかないと生き残れないとも思いますが)
でも、実際に起こっていることは、自分の中でも、あるいは、他人との間でも、矛盾や問題、感情的な葛藤などさまざまなことは、常に起こっているはずです。ですから、早く結果を出しているということは、それだけ多くのものを切り捨てたり、無いことにしていることが同時進行していると思っていいと思います。
「ずっとうまくいってきた」という人は、それだけトレーニングの機会を経験しなかったでしょうし、また、多くの矛盾を無いことにしてきたのかもしれません。30年生きていれば、少なくともそれだけの遣り残してきたものがたまっていることでしょう。それに取り組むのが、大変そうだとうすうす感じて先延ばしにしてきたことかもしれません。「苦手なこと」というのには、それだけの歴史があるのです。
だから、一気に全部できると思うと却って嫌になってしまいます。ちょっと取り組んでみて、ちょっと成長して、このくらいで今のところはいいかな、と思ったら、しばらくそれでやってみる。また実生活の中で、困難を感じたら、またちょっと取り組んでみる、そんなことを気長にやってみるといいかもしれません。実生活では、のんびり考え事もできないのですから、せめてカウンセリングの時間はしっかりと気の済むまで考え事をしていくのも、人生のバランスには必要かもしれません。
なんといっても、「自分」というやっかいな存在とは、好むと好まざるを問わず、一生つきあわなきゃいけないのは、自分なのですから。他の誰も自分の人生を代理してはくれないのですから。
「自分を抹殺して何かに頼って生きていく」・・そんなことを卒業できるように、大事に大事に自分育てをしていく・・それは、それで大変な時間だと思います。
私は、できる限りその手伝いをしていきたいと思っています。それは旅のように少しずつ進んでいくものでしょう。短い旅を頻繁にする方もいれば、長い旅をまとめてする方もいらっしゃるでしょう。「今回の旅はここまで」と利用する方が感じるところまで、ご一緒させていただきたいと思います。一人で旅することもできるでしょうが、「相方がいたほうが、なんとなくやる気になれる」そんなときにお声をかけていただきたいと思っています。
いつもは気づかなかったことに気づいたらとんでもないことが起こるのではないか?神秘的なことが起こるのではないか?・・そんな不安を感じる方もいらっしゃるようですが、私の今までの経験では、そんな怪奇現象のようなことは見ていません。
こちらでのお話し合いの中では、利用する方が知りたくないものを、勝手に引きずり出したり、無理やり押し付けたりしないよう、ひとりひとりのペースに合わせて一緒に考えていきます。今まで気づかなかったことでも、ある程度の時間が過ぎて、やっと向かい合えそうだという感じになれば、自然とそういうお話が利用者の方から言葉になってでてきます。最初は、戸惑うかもしれませんが、そこで気づいたことをじっくりと消化できるようにお手伝いしていきます。
それ以外のことを根堀葉堀聞き出すようなことはしません。だから人によってはずいぶんとゆっくりと進む方もいきなり核心のところに向かう方もいらっしゃいます。それは、ひとりひとりの取り組むために必要な準備が違うので、それにあわせていくしかないのです。
面談を1,2度やってみて、「なんだ、あまり変わらないなあ」と思われる方も、「え、こんなに早く進むの」とおっしゃる方もいますが、それぞれのペースだと思っています。こればかりは、急ぎすぎて、うまくいかないでイライラしても、却ってむなしくなったりやけくそになってしまうので、じっくりと進めてみませんか?
また、カウンセリングを利用することについての不安も含めて、何でもカウンセリングの時間の中でお話していただくことができます。ご自分が安心して使うことができるよう、どんなことが気になるのか、よかったら聞かせてください。いろいろな方がいらっしゃいます。いすの位置をちょっとずらした方がいいとか、お金を払うのは後出なくて先の方がいいとか、どんなことでも構わないのです。
カウンセリングの時間は利用する方の時間ですので、どんな目的に使ってもいいのです。「今、困っていることを解決したい」ということでも、「将来の目的に向かって一緒に考えて欲しい」でも、どんなふうでもいいのです。同じ方でも、時期によって落ち込んでいるときもあれば、元気なときもあるし、考えたいことも刻々と変わると思いますので、利用するときに、気になったことであれば、そのときどきで違うお話でいいのです。ですから、自己啓発に利用する方も当然いらっしゃいます。
最初は悩みの解決のためにいらして、見通しがついたら、自己啓発の時間にされる方もいらっしゃるし、最初から自己啓発のために利用する方もいらっしゃいます。
目の前の悩みの見通しがついたらそれで終わりにする方は、自分では手に余る悩みが出てきたときにまた利用していらっしゃるようです。また、特に弱っているわけではないけれど、自分の考えていることや目指していることを整理したい方は、月1回とか、シーズンに1回とか、ご自分のペースで定期的にいらっしゃるということもあります。また、「コミュニケーションの力を強化したい」などご自分の課題を持っていらっしゃることもあるし、「なんとなく話に来た」という方もいらっしゃいます。また、話しているうちに「人生設計」を考える時間にする方もいらっしゃいます。・・という具合に、本当にさまざまです。
本当に決まっていないので、ひとりひとりそのときに状況や気持ちに応じて時間を使っていただきます。それが自分でもはっきりしないというときには、そのはっきりしないというところから始めればいいし、はっきりしない、と思っていたら、何か気になることがでてきたら、その気になることをを始めればいいのです。家族構成とか、過去の生い立ちとか、話す必要もないのです。また成り行きで話したくなったときに、話してもいいのです。
いうなれば出たとこ勝負で、気の向くままです。あなたの気持ちに従っていれば、触れたくないことに触れずにすみます。大事なことは自分のペースで自分の向かいたい方向に踏み出していくことだからです。
まどろっこしいと思われるかもしれないですが、自分のペースというのは、安全に成長するために必要な時間だと思います。
人それぞれに使い方があり、それは利用者の方からふと感想を話していただいたときに、その方にとってのカウンセリングの時間の意味がこちらに伝わってきます。たとえば、次のようなお話を何人もの人から聞いています。
あくまで自然にお話し合いをして自然と出てきた思いだと思うので、こうでなければならないということでもありません。ただ、決まったものはないし、アドバイスらしいものがほとんどない会話なので、未経験の方にとって想像もつかないと思ってたまたまいくつかの例をご紹介したという程度です。これだけに限らず、もっともっといろいろな意味が今後もでてくると思います。
.まず前提として、それぞれの方のそのときの状態によって違うことが起こるので、一般的なことはなんともいえないんです。なんとなく気乗りがしないということには、その方その方の事情なり背景があるのでしょうから、抵抗があるようなことはしないでいただくことが当然いいと思います。ですからこちらから一方的に質問をするようなことはしていません。
ただ、「言葉にすることは危ない」という思い込みで前に進めないで困ったときには、他の経験をしている人がいるということを参考にしてみることはいかがでしょうか。
実際に、今まで「漠然と困る」と思っていたことを具体的に「どこがどう困るか」を言葉によって表現することによって、苦痛が軽くなるようなことがあります。馬鹿馬鹿しいと思う方もいらっしゃると思います。全ての人がそうなるともわかりませんが、問題が全体的から局部に絞られる、という感じが起こるようなのです。そこで、それまでは問題に振り回されて自分の全てが困り果てた感じだったのが、困っている部分が縮小したような感じになる、あるいは、自分の中でまだしっかりしている部分があったことに少し気がつくこともあるようです。そこでいつの間にか気持ちに余裕が生まれ、問題に対してそれまでよりも冷静に取り組むことができるようになると、「なんだかわからないけれどそれほどつらくなくなった」とか、なんとかやっていくことができることもあるようです。
ただ、日常の人間関係では、不安を口にすることが、周囲に心配をかけるんじゃないかとか、誰かを批判したことになるんじゃないかとか、いろいろな配慮が働いて、自分の気持ちの整理に集中することが難しい面があるので、なかなか上に書いたようなことが起こらないこともあります。そこで、カウンセリングの場面で、「自分のためだけに話す」という作業をなさることが人によっては役に立つようです。
そういえば、「話す」と「離す」「放す」はみな「はなす」という音が一緒です。「自分と何かの間に距離を置く」ということで共通の意味があると昔の人は気づいたのかもしれません。
いずれにしても、悩みによって八方塞りの感じがするときには、じっとその中にいることもひとつですし、手当たり次第にやってみて、ご自分にあわなかったらまた別のことをするというのもひとつです。人によって違うのですから、大事なことはやったときのあなた自身の感じです。それがご自分のペースを見つける手がかりになるので、ご一緒にそこを大事にしていきたいと思っています。
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.例えば、何となくいやなことが続いている。あの人と話しているとなんだかむかつく。あの場面ではいつもうまくいかない。あー、なんだからいやだなあ。
ということ、あると思います。回数が少なければ流せばいいのですが、しょっちゅうとなると、「あ、まただ」と、うんざりしたり、イライラしてしまって、どうにも気になってきます。
ここであんなふうに言われたから、とか原因はいえるのだけれど、そういうことを考えてもすっきりはしない。
こんなふうに、「ストレスだな」ということはわかっても、それが自分にとってどんなふうにいやなのかがわからないままだと、ただ逃げ出すしかありません。逃げ出すにも行き先は安心できるところかどうかもわかりません。
少し余裕があるとき、それは自分にとってどんな風にストレスなのかを、じっくりと受け止めることができると、得体の知れない不安からは解放され、ストレス状況での対応が見えてきます。じっくりと受け止める、というのは、理屈で原因分析するのではなくて、心と丁寧に対話をしながら、自分が問題によってどう脅かされ、どう戦ってきたのか、それを十分に、心から受け止めることです。自分への理解が深まることによって、問題に困っている自分を責めずに、救うための一歩を始められるようです。そのような作業をカウンセリングの時間に手伝おうとしています。
問題がわかれば、情報はたくさんあるので、調べられると思います。
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.Q14. 複数のカウンセラーを平行して利用することはよくないといわれるのはどうしてですか?
一律に駄目、ということでもないですが。
考え方として、大きく2つのことがあげられます。一つは、効果と辛さのバランスという観点です。もう一つは、変革の確率の問題です。
まず、悩みは不快とよりよく生きるためのエッセンスが共存していることと思います。問題を見極めることができれば、生き方の質がかわっていくことがあります。見極めるためには上手に問題と付き合う必要があります。問題に押しつぶされない程度に抱えていくには、問題からくる苦しみと、蓄積されたエネルギーのバランスが大事です。
精神的なエネルギーがないときには、一見小さなトラブルでもその負担は大きいので、なるべく溜め込まない工夫が必要でしょう。そういう時期には、なるべく早めに少しでもストレスを流すために、周囲の人に話したり、休養を多くしたりすることをお勧めします。また、カウンセリング利用の頻度を高くすることもあるでしょう。I&Iカウンセリングでは、電話によるカウンセリングもあります。それでも、都合がつかないときに、身近なところでお話しになられることもあると思います。
一方で、辛くても何とか抱えられそうであるならば、悩みと付き合いながら活路を見出すよう次回のカウンセリングの時間を過ごされることをお勧めします。
もう一つは、変革ということです。カウンセリングを利用しているときに、疑問や違和感が生まれる事があると思います。それを、直接にカウンセラーにいえないときもあるでしょう。言えないままに過ごしていると、利用する気も薄らいでくるかもしれません。それで他のカウンセラーにも行ってみようと思われることがあると思います。
ただ。。。。
いやだなと思うことは、どうしていやだと感じるのでしょうか。
また、いやだと思うことを、どうして伝えにくいのでしょうか。
もしかすると、日常生活の課題がそこに潜んでいるかもしれません。
それを話し合いに取り上げることが、もともとの悩みを大きく変えるきっかけになるかもしれません。カウンセリングの時間に困ったな、と思うことは、それほど大事なことを含んでいる可能性があります。後から振り返ったときに、はじめに問題と思っていたことよりも実はそちらのほうが大きな意味であることもあります。
他のカウンセラーのところで、その問題を話してしまうと、せっかくのチャンスを生かせないこともあります。もし、利用者の方の気が向いたら是非、その困っていることをご一緒に取り組んで行けたらと思いますので、どうぞ、無理のないところで聞かせていただければと思います。
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